✈ 元CA採用担当 “夢先案内人” blog 14
エアラインの変遷とCAの進化・・・働くことって面白いよ!!シリーズ 『その1』
元日系大手航空会社CA採用担当が伝えるエアライン就活ココだけの話
国政選挙が終わりましたね。
18歳以上の選挙権が拡大されて初めての選挙権を行使した方もいらしたかと思います。
でも、この拡大をもってしても投票率は低く残念な思いがしました。
今は当たり前のように日本国民であれば選挙権があるのですが、女性に選挙権が与えられたのは戦後です。
日本は(日本だけではないですが)女性が社会に出て一人前に働くことがなかなか難しい時代が続きましたが、みなさんはあまりピンときませんよね。
今回の選挙をとおして若者の動向や意見等が注目されてニュースにもなっていることを読みながら、私が客室乗務員になった頃のことを思い出していました。
私が入社したのは、1972年。(もしかしたらあなたのお母様の生まれた頃かも・・・)
現在はエアライン業界への就職志望者の夢の実現へ向けての就活指導の仕事を生業にしておりますが、それまでの34年間、客室乗務員として勤めてきました。
「この仕事面白そう!」と思い、CAになるために英語の勉強のために上京し、受験したことがちょっと前の出来事のように思い出されます。
最終面接時に面接官から
「何年くらい勤めてくれますか?」
ときかれ、
「はい、2年以上は勤めたいと思います」
と答えたのを思い出します。https://www.youtube.com/embed/9ugjhGcJs5Q?showinfo=0
どこからかの情報で2年は勤めると言った方がいいと耳にし、何故2年なんだろうと腑に落ちないまま発言したことを覚えています。
入ってから知ったのですが、
『一人のCAを一人前にするには2年分の経費をかけていて』
『それ以上勤めなければ元が取れないのでやめないでほしいとのこと』
『でも4~5年勤めたら辞めてもらっていいとの状況にあることを。。。。。。。。』
今じゃ信じられないでしょうが、当時は“女性若年定年制・結婚退職制”の時代。
CAも30歳定年制でしたので私が入社時一番先輩で大教官と敬っていた方が26歳、結婚しても勤め続けたいと上司に申し出ていた大先輩が涙して退職していく姿をみてショックでした。
でも時代は少しずつ変化していきました。
30歳に近づくCAが出てきて、制度は35歳に変更に、40歳へ、45歳へ、と伸びていったのです。
結婚退職制度も世の中、共働きは珍しいことではなくなる中、独身の若い女性に拘っていたCA(そのころはスチュワーデスと言っていました)にもミセスCAがどんどん誕生していきました。
常に頭打ちになりそうになりながらも勤め続けていった先輩たちのお陰で働き続けやすい状況を会社も築いてくださったことは忘れてはならないと改めて思います。
私は30歳で結婚をし、その後も働き続け、会社の好景気時代の事業展開と共に色々な貴重な経験をすることが出来ました。
~昭和天皇フライト、国際線展開、新規大型機導入、等々~
世の中、バブルです。
そして、ついに1986年・・・・
“男女雇用機会均等法”が施行され、女性も定年60歳と改訂されていき、CAにも懐妊休職制度、出産育児休暇制度が整っていきました。
CAのことをスチュワーデスと呼ばなくなったのもこの法律ができたことによるものです。
でも、バブルはいつまでも続きません。エアラインも変動期に入っていきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・つづく